☆第28回 歩こう会
〜下町散歩/南千住から千住大橋、三ノ輪、鳳神社まで〜
第60回会報に掲載した、入谷〜北千住の歩こう会計画のコロナウィルス明け、改めて下町散歩の実施です。11月29日(金)、午後2時、JR東日本南千住駅集合・スタート、最終的に参加者32名、行程約4.5Kmを『酉の市』の鳳神社を目指して、のんびり歴史散歩の会となりました。
今回は少しでも東北に由縁の有る話しを盛り込んでの会となりました。
スタートしてすぐに目に入ってきたのが俳聖「松尾芭蕉像」です。平泉で詠んだ「夏草や兵どもの夢の跡」で皆さんご存じの「奥の細道」は岐阜県大垣までの約2,400Kmを踏破した壮大な吟行です。ここ千住宿がスタート地点でした。
次は、小塚原刑場と延命寺/回向院です。明治に廃止されるまでサッカー場程の敷地で約20万人モノ処刑が行われました。南部藩の「相馬大作事件」から政治犯も処刑されるようになり、吉田松陰、橋本佐内、水沢藩の高野長英も処刑されました。因みに処刑されてから今年が202年、今も二戸には「大作神社」が祀られて信仰を集めています。
又、この処刑場で杉田玄白、前野良沢らが腑分けを検分、オランダのターヘルアナトミア(解剖学書)の正確さに驚き翻訳書「解体新書」のきっかけになったのもこの場所です。因みに前回第27回歩こう会参加の方は築地明石町にも同じ記念碑が有った事を憶えていますか?
腑分けの検分はこの小塚原、翻訳作業の大半を行ったのは前野良沢の中津藩、今の大分県の江戸屋敷が明石町に有ったからなそうです。
因みに挿絵の模写は佐竹藩、今の秋田県の蘭画の創始者と云われる小田野直武と云う絵師です。
昭和の大事件「吉展ちゃん誘拐事件」供養の為の吉展地蔵尊もあります。
荒川区61町の総鎮守「素戔嗚尊神社」を過ぎると、いよいよ「千住大橋」です。
隅田川最初の橋は伊達政宗寄進の木材「高野槙」が用いられたことは余り知られていません。当時の杭が発見され、参加者は川面に浮かぶ目印のブイを見ながら、400年前の伊達政宗公に思いを馳せました。
その後「ウールの千住、シルクの富岡」と云われた日本初の官営毛織物工場、「千住製絨所跡」、幕末上野戦争で亡くなった彰義隊の266体の遺体が埋葬され、激戦を物語る上野寛永寺黒門の遺構のある「円通寺」、都電の路面電車として親しまれる「三ノ輪橋駅」、吉原遊女の「投込寺」と云われ「生まれては苦界 死して浄閑寺」と詠われた「浄閑寺」、七五三でお馴染みの「金太郎飴本舗」でちょっとお土産、樋口一葉「たけくらべ」の舞台の「稲荷神社」、そして下町の年末の風物詩お酉様、今年は三の酉の「鳳神社」で無事に歩こう会も終了。お楽しみは中華屋で二次会、ビールで喉を潤し午後7時30分でお開きとなりました。
記念写真は南千住第2中学校の生徒さんの撮影でほほえましい写真となりました。アンケートも多数応えて頂き今後の参考になりました。「旧街道を巡りたい」「もっと説明」等々色々ありました。皆さんお疲れ様でした。次回は春、又会いましょう。梅津豊
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